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妙高山 朝焼け 2017/01/26 [風景写真 / 妙高山]

こんにちは。

滅多に快晴にならない冬の日本海側・・・先日 1/26 は久しぶりに快晴でした。

こんな日はスキーや雪山見物に行ったら最高だろうなあ、と通勤中に信号待ちのクルマの中から妙高、火打を眺めながら思っていました。
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この頃、私の父親が妙高山の朝焼けを撮りに池の平温泉いもり池へ行っていたので、今回はその写真です。
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以上になります。


★おまけ★

1/26 に続いて、今日 1/29 の午前中も快晴になりました。

朝起きて急いで、えちごトキめき鉄道妙高はねうまラインに乗り入れてくる 115 系を見に行きました。上越妙高-南高田間で。
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約 40 年、地元路線で慣れ親しんできた 115 系。いつ走らなくなるか分からないので撮れるうちに・・・
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ついでに特急しらゆきも。
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新幹線の高架がちょっと邪魔ですが、背後の妙高山、南葉山は、地元の愛すべき素敵な山々です。


★★最近のはるちゃん★★

身だしなみを整えているはるちゃんをアップで。
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1泊2日プチ湯治・・・湯檜曽温泉 + 列車で周遊 [温泉旅行記 / 宿泊]

こんにちは。

しだいに歳とってきたせいか最近は寒さがこたえるようになり、暖房が付いた家や会社にいても服を常時 5 枚ほど着るようになりました。そのため体をあたためるべく、寒い季節はプチ湯治をメインに活動しようと思っています。11 月下旬、列車に乗って温泉旅行にでかけました。

直江津駅 13:57 発、ほくほく線、超快速スノーラビットに乗って出発。
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2 両編成のうち先頭車がゆめぞら号の車両になっており、表定速度が日本一速い「普通列車」であるとともに、トンネル内で車両の天井に映し出される映像も楽しめる異色の列車。
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直江津駅出発時は空席が目立っていた列車は、唯一の途中停車駅である十日町駅でどっと乗客が増えて座席はほぼ埋まり、立客も出るほどになりました。

通過する犀潟駅および六日町駅では、ほくほく線ホームではなく、かつての特急はくたかのように JR のホームを通過しました。
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スノーラビットの終点、越後湯沢駅で後続の普通列車水上行きに乗り継ぎ。上越線水上以北の普通列車はすべて E129 系になってしまいました。

国境の長いトンネルを抜けて湯檜曽駅で下車。
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湯檜曽駅は隣の土合駅とともに上り線は地上駅ですが下り線は新清水トンネル内にホームがあります。その下り線ホームをちょっと見に行きました。この先 13km も闇が続いているのか。
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この日は湯檜曽駅から徒歩 5 分程度、湯檜曽温泉の林屋旅館さんに宿泊しました。
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部屋から湯檜曽川の清流が眺められ、個人的に大好きなロケーション。
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温泉パイプが何本も川を渡っています。源泉は対岸にあるのかな? 以前、7 月に宿泊したときは、夜を通してかじか蛙の大合唱が聞けましたよ。

床、浴槽、天井まできれいなタイル張りの浴室。浴槽にこれまた透明できれいなアルカリ性単純泉のお湯が太いパイプからドドドッと大量に投入され、浴槽縁からオーバーフローしていました。とてもシンプルなお湯ですが、これだけ投入量が多いととても気持ちいいです。窓をちょっと開けるとすぐ下の川から聞こえる瀬音を聞きながら涼むことができました。このようなお湯に毎日入れたら最高だろうなあ。

私は日本酒苦手ですが、旅館でいただく料理はお酒が合うものばかり。これからは旅館に泊まったときは日本酒を少しずつ飲んでみることにしよう。
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夕食はざーっという川音を聞きながら部屋で。群馬牛の陶板焼き、岩魚の塩焼き、野菜の天ぷらなどのほか、お造りは鯉のあらいと群馬ならではのこんにゃくがでてきました。また朝食のメニューでは舞茸のホイル焼きがおいしかったです。どうもごちそうさまでした。

日本酒の影響もあって夕食のあとはすぐにバタンキュー。真夜中にむっくり起きてお風呂へ行き、お湯がオーバーフローしているところでトドになってしばらく寝ていました。24 時間入浴できるのはいいですね。

翌朝は軽く散歩。湯檜曽温泉のすぐ脇は上越線がループ線になっています。定番の場所で列車を見物。上部に現れた列車は、山の中をトンネルで反時計回りに一周し・・・
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下の線路へ走ってきました。鉄道ファンでしたらワクワクしますね。
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旅館をチェックアウト後、バスで水上駅まで来ました。当日は SL みなかみ号が走って来る日でしたが、その前に出発するので展示の SL で我慢。
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SL が使用する現役の転車台。操作台の傾き具合や小屋の上に設けられたチョウチョウアンコウのような電灯がかっこいい。
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水上駅 10:35 発の列車で出発。115 系湘南色でした。
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渋川駅で吾妻線大前行きに乗り継ぎ。ちょうど 115 系湘南色同士が並んだのですが、列車が遅れて急いで乗り継ぎすることになったため、写真撮れませんでした。

日本一短いトンネルだった樽沢トンネルを含む吾妻渓谷沿いの区間は八ッ場ダム建設でトンネルばかりの新線に移設されました。新線区間が終わるとすぐに長野原草津口駅に到着。後続の特急を待つためしばらく停車。ここでじっくり 115 系湘南色の写真を撮ることができました。
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以前は行き違い可能駅だったはずですが、特急が入ってきたホームは行き止まり式に改良されていて、終点大前方面へは片面ホームになったことに改めて気づきました。
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昔、長野原草津口より先は北へ進路を変えて太子駅へ至っていました。その旧線の橋梁が今も残っていました。
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終点大前駅まで乗車したいところ、乗り継ぎの関係で1つ手前の万座・鹿沢口駅で下車。 12:48 着です。
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万座温泉-軽井沢駅を結ぶ西武高原バスに乗り継ぎました。バスは冬ダイヤになっており、万座・鹿沢口駅は 13:14 発。
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バスは逆光の浅間山を見ながら鬼押し出し園、浅間園などの観光地が点在する高原を走りますが、乗客は私を含めて 3 人ほどでした。

中軽井沢駅で下車しました。ホームから浅間山がよく見えました。
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中軽井沢駅はかつて特急そよかぜ号の終着駅だった駅で 2 面 3 線の構造だったように記憶していますが、今は短い相対式ホームだけのシンプルな構造に変わっていました。

しなの鉄道 115 系に乗車。
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上田駅までしなの鉄道で、その後は新幹線あさま、はくたかと乗り継いで帰りました。なお長野駅で後続のはくたかへ 5 分で乗り継ぎでしたが、てっきり同一ホームで乗り継ぎできるだろうと思ってずっと後ろの車両に乗っていたところ、階段を渡って乗り継ぎでしたので短い時間で結構きつかったです。昨年のダイヤ改正のトピックスで昼間時間帯のあさま→はくたかの乗り継ぎを便利にしたと書かれていたのですから、同一ホームで乗り継ぎできるようにして欲しかったですね。

通常はクルマで訪ねる湯檜曽温泉ですが、時刻表を見ていたら効率よい乗り継ぎができそうでしたので、移動に列車とバスを使いました。すべての列車とバスで着席でき、景色を見ながらリラックスした温泉旅行ができたと思います。


★最近のはるちゃん★

私たちを癒してくれるはるちゃんの寝姿。
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上からみるとセイウチに見えませんか?
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籠町南葉山〜猪野山南葉山 2016/11/12 [山歩き]

こんにちは。

高田平野西側に連なる南葉山群。
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上の写真、列車の背後の山、右から青田難波山、猿掛南葉山、籠町南葉山、さらに山頂がはっきりしませんが五日市南葉山、猪野山南葉山と続いています。

それぞれの南葉山は猿掛南葉山を除いて山麓の集落名が名前に冠しています。私が住む上越市で単に南葉山というと、いちばん標高が高く大きなお椀を伏せたような形の青田難波山(標高 949m)を指しますが、まだ登ったことがない、妙高市側の籠町南葉山〜猪野山南葉山へ行ってみました。

籠町南葉山の登山口は南葉山群の中腹を走る重倉林道沿いで標高は約 450m です。路肩にクルマ 3 台分ほどの駐車スペースがあります。
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案内板が設置されています。この赤く表示された南葉山トレッキングコースを歩きます。
(クリックで少し拡大します)
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まず、くもり沢ルートと呼ばれる道を登ります。2 合目あたりまで、沢沿いのぬかるんだところがある急坂。すべりやすい地質の山なので急坂にはロープが設置されていました。また 1〜9 合目の標柱もしっかり設置されていました。
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2 合目からは細いブナ林の中を登ります。最初は紅葉が残っていましたが・・・
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徐々に冬枯れの林へ。
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本格的な降雪前にブナ林は枝打ちがなされたようで、しっかり保全されているように感じました(途中で営林署の職員と思われる人が山の斜面を歩いているのを見ました)。

登山口から約 1 時間 10 分で籠町南葉山(標高 909m)山頂に到着。展望は新井市街地が見える方向のみ開けていました。
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標柱の上が削れているのは、ひょっとしてクマの仕業?

少し休憩の後、稜線上の道を猪野山南葉山へ向かって、落ち葉が降り積もった道を歩きます。
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コース上にXXの窓と名付けられた展望ポイントがいくつかあります。新幹線の窓です。北陸新幹線の高架橋が横一文字に見えますが、新幹線が走っているのを見るには遠いかな。
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馬の背状の細い尾根がありますが特に難しくはありません。
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斐太の窓と名付けられた展望ポイント。新井の町が見渡せます。
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五日市南葉山(標高 789m?)、猪野山南葉山(標高 755m?)を通過。あまり山頂らしい地形ではありません。
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矢代の窓。棚田が広がっています。我が家で毎日食べている隠れたブランド米、矢代米の産地です。
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猪野山南葉山から下りになり、9〜1 合目の標識が設置されています。しかし距離が短いので早いピッチで標識が現れ、猪野山南葉山から約 15 分で重倉林道沿いの登山口に下りました。
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こちらの登山口の駐車帯は先の籠町南葉山の登山口より広く、クルマ 5 台以上停められそうです。

案内板には南葉山トレッキングコース(1日)と書いてありましたが、通して歩いて 2 時間 10 分ほどでしたので、半日で十分楽しめると思います。

出発点の籠町南葉山登山口まで重倉林道を戻ります。距離は約 3.5km あり、歩いても 1 時間程度だと思います。私はあらかじめ猪野山登山口に自転車を置いておきました。
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自転車で重倉林道を戻りました。登山道より林道沿いのほうが紅葉がきれいでした。
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重倉林道は狭い 1 車線ながら全線舗装されています。地元以外にはあまり知られていない道ですが高田平野や妙高山の展望がすばらしいです。
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なお、当日は曇り気味だったため、本来見えるはずの妙高山は雲に隠れて見えませんでした。

翌朝は快晴でしたので、どんなふうに妙高山が見えるのか、猪野山登山口へ今一度でかけてみました。
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山がくっきり。雪をかぶった妙高山、火打山はじめ、黒姫山、飯綱山が朝日に輝きはじめていました。


★最近のはるちゃん★

「はるちゃん、70cm ほど積もったぞ。」一晩で変わってしまった景色に何を思う?
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外へ飛び出し雪遊びするかなと思いましたが、寒いのは嫌ですかね。
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体をぶるぶるさせて、顔に降り注いだ雪を振り落していました。


★★もひとつおまけ★★

今日、関温泉へ風呂入りに行ってきました。本当は奥の燕温泉を予定していましたが、降雪量に除雪が追いついておらず、進むのは危険だと思って断念。関温泉でたっぷり温まってきました。屋根の上に積もった量をみると関温泉でも積雪はすでに 2m 近くあったように思います。
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駐車場に停まっていたクルマに面白いツララができていました。
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長井 葉山 2016/10/15 [山歩き]

こんにちは。

山形県長井市白兎地区にある葉山神社・・・
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狛犬ではなく狛兎が置かれています。
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白兎という地名や狛兎があることなどから、うさぎに関する伝説が残っています。神社手前に白兎の名の由来が書かれた案内板があります。

『約 930 年前、安倍貞任宗任と源義家の戦いで源氏が安倍氏を滅ぼし、以来 330 年間この地は荒れ果てた山でした。明徳 4 年(1393 年)丹後の国の恵法律師という偉い修験者が羽黒山に詣でるため、途中現在の五十川四ツ谷の堀の中で砂金の薬師如来を見つけました。この仏像を捧げて白狐と白兎に導かれて西山に登り、平坦な葉山平と農園御田代にお社を建てて祀りました。その道案内を兎がしたことから白兎の地名ができました。葉山神社の御神体は砂金の薬師如来です。』(案内板から引用)

西山が現在の葉山のことなのだと思います。以前訪ねてこの話を知ったときから、私も白兎に導かれながら葉山(標高 1,237m)に登ってみたいと思っていました。紅葉にはちょっと早かったですが、爽やかな秋晴れの日に葉山へ登ることにしました。

登りは葉山森林公園を基点とする白兎コース。朝、杉木立の登山口はうっすら霧がかかっており、神々しい雰囲気。
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白兎尾根をほぼ直登する白兎コースは標高差約 900m で意外ときつい。V字形に掘れている箇所が多く後半になるほど坂は急になりました。うさぎに導かれたなら、はりきって登れるのに、と思いながら・・・とはいえブナ林の中は気分良かったです。
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長井盆地は雲海でした。
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根元が曲がったブナ林は雪深い地であることの証し?
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やがて、草岡、勧進代からの登山道と合流すると、葉山山荘と2つのお堂が見えてきました。葉山の山頂はどこかはっきりしませんが、お堂のあるここが登山の山頂とみなすように思います。登山口から約 2 時間 30 分かかりました。
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左のお堂が聖徳太子の時代から続いている月山宮、右側のお堂が白兎地区の名の由来に書かれていた薬師如来を祀る葉山宮です。

またお堂にも葉山宮の詳しい由来が書かれていました。ここでは特に白うさぎの記述はなく、薬師如来を見つけた恵法律師は近隣の住人横源太と山麓の寺院の住職、宥光法印の協力を得て浄財を集め、3人で参道を改修し、荒れ果てていた月山宮の再建とともに薬師如来を祀る葉山宮(いずれも当時は権現)を建てたとのことです。

参拝後、もう少し奥まで歩いてみます。御田代と呼ばれる小さな湿原がありました。
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朝日連峰への縦走路を右に分け、さらに 5 分ほど進むと、小高い見晴らしのよい場所に出ました。ここが奥の院と呼ばれる場所のようです。2つの石積みはそれぞれ月山宮、葉山宮を表しているのでしょうか。
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西に祝瓶山。三角形の美しい山容を見て、いつか登ってみたいと思いました。
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南には飯豊連峰、磐梯山、西吾妻山などの山々を見ることができました。

帰りは勧進代コースを下りて見ることにしました。山頂から勧進代コースへ向かう道は軽トラが通れるくらいの幅広の道がしばらく続いていました。

幅が広い理由は、この道がかつての朝日軍道で馬が通れる規格で作られた道だからとのこと。安土桃山時代、越後から会津に国替えになった上杉家。飛び地になった領地の庄内と米沢を他国の領内を通らず直接結べる道を、家臣の直江兼続が指揮して開削したそうで、これが朝日軍道です。葉山の先、標高 1,871m の大朝日岳など朝日連峰の尾根を結んで作られた道は工事も通行も過酷であったのだろうと想像します。

その旧朝日軍道から分かれた勧進代コースは白兎コースと違って掘れている箇所はない、つづら折りの道でした。
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霧はすっかり晴れて長井市街地方面が良くみえました。長井盆地〜米沢盆地北部にかけては散居村でも知られています。
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白兎コース、勧進代コースとも道案内はしっかり設置されていました。
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コースの最後は長い林道歩きになりました。林道を約 20 分下るとゲートがあり、ここが登山口になります。山頂から下りは約 1 時間 30 分でした。
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私はさらに車道を約 30 分歩いて、クルマを置いた葉山森林公園へ戻りました。

登ってきた葉山を眺めるために、山形鉄道フラワー長井線、うさぎの耳が描かれた待合室がある白兎駅に立ち寄りました。背後の山並みでいちばん左側の山が葉山です。
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薬師如来を山頂に祀るときに白兎が導いたという伝説の道を登り、また私の地元ゆかりの武将が開いた朝日軍道の一部を当時を想像しながら歩いて、私にとってロマンを感じることができた山歩きでした。

なお、登山では伝説のような白兎に出会えませんでしたので、このあと実在の白うさぎに会ってから帰ることにしました。

山形鉄道の宮内駅。白うさぎのもっちいさんが駅長です。
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駅長のもっちいさん、駅員のぴーたー君、てん君の 3 羽のうさぎと遊んできました。
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その後、残念ではありますが 12/13 に駅員のてん君が 6 歳で天国へ旅立ちったことをもっちいのツイッターで知りました。この日一緒に遊んだのが最後でした。室内を走り回っていたときの元気な姿、なでなでした時の感触を思い出し、何ともやりきれない気持ちになりました。

駅長のもっちいさん、駅員のぴーたー君にはてん君の分までずっと長生きして欲しいし、私もまた時々遊びに行きたいと思います。


★最近のはるちゃん★

「大雪になって欲しくないけど、雪がまったく無いっていうのも変な気分だな。でも今週からいよいよ本格的な雪になるようだね。」
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私はうさぎアレルギーは陰性でした(杉に対して陽性であることが判明しましたが・・・)。うさぎより牧草などの餌が影響しているのかも知れないとのことでした。今は鼻水鼻づまりの症状がほとんどでていないので、処方された薬を使いながらしばらく様子を見ることにします。

いずれにしても今までと変わらず、はるちゃんとふれあっています。

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光ヶ原、猿供養寺、山寺薬師 [身近な風景]

こんにちは。

10 月下旬、上越市板倉区の山を散策しました。板倉区は母方の実家があったところで小さい頃から親しんできた地域です。

山の上にこんなたいらなところがあったのか、と思わせる光ヶ原高原。
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広大な平地はかつて牧場でしたが、2006 年に閉鎖され、以後は一部がそばなどの畑になっているほか、ブナ林に戻すよう植林がされているとのことです。
(ブナ林になるまで 100 年ほどかかるようです。)

光ヶ原周辺には元々のブナ林があり、歩いて見ました。
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小さな湿原もあり、水ばしょうの森と呼ばれています。早く水芭蕉が咲く季節にならないかな。
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ブナ林は別所川の源流になっており、母方の実家ではこの林のことを「水源地」と呼んでいました。ブナ林の中で水が湧きだしているところが何ヶ所もあります。

ここも水源の一つ。
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稜線に信越トレイルが通じており、そこへ至る道が分岐しています。
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ガサガサと落ち葉を踏みながらの散歩は気分いいものですね。
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ブナ林はパワースポット? 木の温もりや、水を吸い上げる音を感じることができるかな?
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光ヶ原からいったん山を下り、猿供養寺集落に立ち寄りました。
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お坊さんの説法を熱心に聞きに来ていた 2 匹の猿が突然こなくなり、心配して山へ探しに行ったところ地すべりに埋まって死んでいました。その猿を供養する寺を建てたことから猿供養寺と名付けられました。なお、猿というのは農耕せず山で暮らし、今ふうにいうと納税していない、人たちのことをそう呼んだそうです。

猿供養寺集落には地すべり資料館があります。その隣に人柱供養堂が建てられています。

昔、たび重なる地すべりに悩んでいた集落の人々は地すべりをとめるために人柱をたてることにしました。しかし誰もなりてがなく、偶然通りかかった旅のお坊さんに相談したところ、そのお坊さんが人々を救うため、自ら人柱になりました。それ以来地すべりが止まったそうです。この話は伝説として伝えられてきましたが、昭和 12 年に土中から大きな甕と中に座禅した状態の人骨が発見され、地すべりを止めた人柱の話は実話であることが判明しました。

人柱供養堂には、その甕と発掘された人骨が安置されています。
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このお話のように高田平野東縁部は地すべりが多い地帯で、さらに近くのゑしんの里やすらぎ荘の温泉(鉱泉)は、地すべり対策用の水抜き井戸の副産物だという話も聞きました。

そういえば昔、母方の実家へバスで向かうときも、地すべりでうねった道をそろりそろりと進んでいった記憶があります。

猿供養寺集落から少し山を登ったところに山寺薬師があります。参道の杉の木は樹齢 700 年という立派な木です。昔は修験道の聖地で多くの寺院が建っていたようです。
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堂内に、釈迦如来座像、薬師如来座像、阿弥陀如来座像が 3 体揃って安置されており自由に拝観できます。
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保存状態が良いのか比較的新しそうに見える桧の立派な座像ですが、室町時代の応永年間に京都で彫られ、この地へ運んで組み立てられたそうで、新潟県の文化財に指定されています。

薬師堂の下で「延命清水」と呼ばれる清水がこんこんと湧きだしています。
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地元では有名な清水で、ひんぱんにクルマがやって来て水を汲んでいきます。

最後に母方の実家があった集落に立ち寄りました。現在は廃村になっています。
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集落の神社の敷地に昨年、石碑が建てられました。
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石碑には『我ら祖先は、厳しい風雪に耐えて田畑の開墾と林業に励み、この地を豊かにされた。時代の流れの中で離れゆく家が相継ぎ、集落の絆を継ぐため、昭和五十七年、集団移転を決意し、祖先が築いたこの地を後にした。次の世代に心を継ぐため、心のより所であるこの地に記念碑を建立する。』と刻まれていました。

母方の実家は、それ以前に里へ降りてきましたが、建っていた家はいわゆる中門造りという雪国に多く見られるタイプの住居でした。実家の写真です。
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『中門造りとは、座敷、うまや、にわ(土間)が母屋より突き出した部分を持つタイプを言うが、この地方は土間と出入り口が母屋の一端から直角に突き出し、その上に二階を造っているのが特徴でこの二階を「ちゅうもん」と呼んでいる。雪国であることから馬は家内の土間で飼われ、農作業も土間で行われる。』(昭和 53 年刊の「新潟県上越地方の地誌」を参考にしました。)

小さい頃はよくこの家に遊びに来ました。玄関に採卵用と食肉用に鶏を 7、8 羽飼っていて、土間に馬はもういませんでしたが、搾乳用に牛がいました。背後に用水が流れていて、その水をすくって飲めました。また水の一部は消雪用として玄関前に引かれ、滝になって池に落ちていて、夜通しダダダダッと水が落ちる音が聞こえていました。せせらぎの音に癒しを感じるのは、この経験があるからなのだろうと思いました。

空き家になっていた家はその後、雪の重みでつぶれてしまいました。

六地蔵ではなく、なぜ七地蔵かは不明。
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ここに公民館があり、夏休みに遊びにきたときラジオ体操に参加しました。いつもとは違う色のスタンプが押されたラジオ体操の参加カードは、なんだかステータスに感じたものでした。

はさ木です。ひょっとしたら今も現役で使われているかも。
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集落では一部まだ田畑が営まれており、人の出入りがあります。しかし、次第に他の廃村同様、山野に戻ってしまうのだと思います。

それはもう仕方がないことですが、私自身は昔の記憶を懐かしむために、母親を連れて時々ここへ来ようと思います。


★最近のはるちゃん★

私は 1ヶ月ほど前から、鼻水鼻づまりに悩まされるようになって、年末、はるちゃんと遊んだあと、鼻水が止まらなくなりました。もしかしたらうさぎアレルギーが発症してしまったかも知れないと思い、病院へ行ってうさぎアレルギーを含むアレルギーの検査をしてもらうことにしました。また、空気清浄機を購入してへやんぽエリアの近くに設置しました。
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現在、病院で処方された薬を飲んでいることと空気清浄機の効果もあるのか症状は落ち着いています。たとえうさぎアレルギーだったとしても、はるちゃんとのふれあいを止めるわけにはいかないよなあ。

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